2011年6月2日木曜日

大草原の小さな家 Going West(西部への旅)1

 むかしむかし、今のおじいさんおばあさんが、まだ小さな子どもだったり、赤ちゃんだったり、もしかすると、まだ生まれてもいなかったころでした。とうさんとかあさんとメアリーとローラ、そして赤ちゃんのキャリーは、ウィスコンシン州の「大きな森」にあった小さな家をあとにしました。高い木立の間の、切り開いた土地に、ひっそりと、住む人もないままおいてきぼりにしました。その小さな家を、馬車で旅立った日から、誰も二度と見ることがありませんでした。


 ローラたちは、インディアンの住む土地へいくのです。
 とうさんがいうのには、いまではこの「大きな森」に住んでいる人が多すぎるのだそうです。ローラも、よく、とうさんの斧とはちがう、キンキンひびく斧の音をきいたり、とうさんの鉄砲では銃声がこだまするのをききました。小さな家の前をとおっていた小道は、もう広い道になってしまいました。ほとんど毎日、ローラとメアリイは、あそぶのをやめて、その道を車輪をきしませながら、ゆっくりとおっていく馬車を、目をまるくしてながめるのでした。
 野生の動物は、こんなにおおぜい人間がいる土地には、住まなくなるのです。とうさんも、やはり、住みたくないのです。とうさんは、野生の動物が、あんしんして住んでいられる土地がすきなのでした。暗い森かげからのぞいている子ジカやかあさんジカや、野イチゴのしげみでイチゴを食べている、ふとったものぐさなクマをみ見るのが、とうさんはすきなのです。
 冬の夜長に、とうさんは、西部の国のことを、かあさんに話していました。西部では、土地がたいらで、木がなく、草は、たけ高くのび、よくしげるのです。そこでは、野生の動物たちは、果てまで見えないほど広い牧場にでもいるように、自由に歩きまわり、食べたいだけ食べられるのです。そのうえ、まだそこに住みついてアメリカ人はいないのです。インディアンだけが、住んでいる所なのです。
 冬もおわりのころのある日、とうさんは、かあさんにいいました。「かあさんが反対しないのがわかったから、西部を見にいくことにきめたよ。ここの買い手がついたし、いま売れば、けっこういい値だんになる。あたらしい土地での暮らしをはじめるのにも、じゅういぶんなものが手にはいる」
「まあ、チャールズ、もう出発しなけりゃならないんですか」かあさんはいいました。まだまだ寒さはきびしく、このあたたかい家は、とてもいごこちがいいのです。
「ことしいくつもりなら、いますぐ出発しなければ」とうさんはいうのです。「氷が割れてからでは、ミシシッピイ河はわたれないからね」
 というわけで、とうさんは家を売りました。牝牛も子牛も売ったのです。ヒッコリイの枝が弓形にまげて、幌を張る枠を何本もつくり、馬車の荷台にしっかりむすびつけて、かあさんも手つだって、白い麻の幌を、その上にかけました。

 朝まだうす暗いうちに、かあさんは、メアリーとローラをやさしくゆり起こします。暖炉の火とロウソクのあかりで、かあさんはふたりの顔や手をあらい、髪もとかし、寒くないように身じたくをさせました。長い赤いネルの下着の上に、毛のペチコートを着せ、毛の服を着せ、毛の靴下をはかせます。その上に外套を着せると、ウサギの毛皮でつくったフードをかぶせ、赤い毛糸あみのミトンをはめさせました。
 小さな家のなかのものは、何もかもみんな馬車に積みこみました。ベッドとテーブルと椅子のほかは。とうさんが、いつでもまたあたらしいのをつくれるので、もっていかないでいいのです。
 地面にはうすく雪がつもっていました。あたりはしんかんに静まりかえり、寒くて暗いのです。うす闇に、黒くつっ立っている裸の木立のむこうには、凍りついたような星が光っていました。でも、東の空はあかるんでいて、灰色の森のなかから、じいちゃんとばあちゃん、おじさんやおばさんやいとこたちをのせた、馬車や馬のランタンの灯が見えてきました。
 メアリイとローラは、布人形をしっかりだきしめたまま、口もきけないでいました。いとこたちは、ふたりをかこんで立ったまま、ただじっと見つめています。ばあちゃんとおばさんたちはみんな、ふたりを抱きしめてキスをし、さよならをいっては、また抱きしめてキスをしました。
 とうさんは、馬車の自分の座席から手をのばせばすぐとれるように、幌のうちがわの、枠のいちばん高いところに鉄砲をぶらさげました。弾丸いれの皮ぶくろと、火薬のはいった角もすぐその下にさげます。ヴァイオリンをいためないように、枕の間にていねいにおさめました。
 おじさんたちは、とうさんをてつだって、馬を馬車につけてくれました。いとこたちは、メアリイとローラにキスをしてあげなさいといわれて、お別れのキスをふたりにしてくれました。とうさんはまずメアリイを、つぎにはローラをだきあげて、馬車のいちばんうしろにつくってあるベッドにすわらせます。それから、かあさんが前の座席によじのぼるのに手をかし、ばあちゃんがせのびをしてキャリーをかあさんに手わたしました。とうさんは、はずみをつけて馬車にとびのると、かあさんの隣にすわり、ぶちのブルドックのジャックは馬車の下にもぐりこみました。

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